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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)24号 判決

原告

村野重也

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和62年審判第14071号事件について平成元年11月30日にした昭和62年8月6日付けの手続補正(1)の却下決定を取り消す。訴訟費用は原告の負担とする」

二  被告

主文第一、二項同旨の判決。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年10月4日、名称を「浮き出した柄を形成する鍍金方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和55年特許願第139186号)したところ、昭和62年5月20日拒絶査定を受けたので、昭和62年8月6日審判を請求し、昭和62年審判第14071号事件として審理され、昭和62年8月6日付け手続補正書(1)(以下「本件補正書」という。)を提出したところ、平成元年11月30日、「昭和62年8月6日付けの手続補正1(以下「本件補正」という。)を却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)があり、その謄本は平成2年1月17日原告に送達された。

二1  本件補正前の特許請求の範囲

(一) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置して柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させることを特徴とする浮き出した柄を形成する鍍金方法。(以下「本願第一発明」という。)

(二) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に所求鍍金個所を残置してインキ、塗料その他柄付け資料を以て柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金個所に柄として浮き出させ、有機溶剤を以て上記柄付け資料を剥離除去したことを特徴とする浮き出した柄を形成する鍍金体。(以下「本願第二発明」という。)

(別紙図面参照)

2  本件補正書記載の特許請求の範囲

(一) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に柄付け作業をするに際し所求鍍金個所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重上記所求鍍金個所に柄として浮き出させ、かつ、その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得ることを特徴とする浮き出した柄を形成する鍍金方法。

(二) 本文に詳記するように鍍金適性を有する鍍金用素材を研磨等により鏡面に仕上げ、その鏡面上に柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして所求鍍金個所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して銅、ニツケル、金、銀、ロジユウム、パラジユウム、白金、錫、クローム等の鍍金を一重、ないし、数重上記所求鍍金個所に柄として浮き出させ、かつ、この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ、有機溶剤を以て上記柄付資料を剥離除去して鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた柄を浮き出した鍍金体。

三  本件決定の理由の要点

本件補正後の特許請求の範囲第一項には、「所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施」すこと、及びその結果として「その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得ること」が記載されており、また、同第二項には、「この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ」ること、及びその結果として「鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた」ことが記載されているけれども、かかる事項は出願当初の明細書(以下「当初明細書」という。)及び図面(以下「当初図面」という。)には、何ら記載されておらず、しかも、同明細書及び図面の記載からみて自明であるとは認められない。

したがつて、本件補正は、特許法第一五九条第一項の規定で準用する特許法第五三条第一項の規定により却下すべきものと認める。

四  本件決定の取消事由

本件決定の認定、判断は、次の点において誤りであるから、本件決定は違法として取り消されるべきである。

1  当初明細書には、「塗抹資料はインキ、塗料、感光剤、電気不導体液等各種のものがあり、柄付け手段は、手書き、印刷(グラビヤ印刷の如し。)、写真焼付、吹付け、ないし、部分塗装等各種のものを用い得る。」(第四頁末行ないし第五頁第四行)と記載されている。

微小な塗抹資料を吹き付けると、塗抹資料が微小塗抹滴として鏡面仕上げの鍍金用素材に付着するから、柄付け作業終了後有機溶剤をもつて洗浄すると、剥離除去されてそこに浮き出した柄内に所求のピンホール状孔を多数ないし所要の数得るという状態が発生するものであり、当初明細書に記載された吹付け手段によりピンホール状孔が発生することは明らかである。

したがつて、かかる事項は当初明細書及び当初図面には、何ら記載されておらず、しかも、同明細書及び図面の記載からみて自明であるとは認められないとした本件決定の認定は誤りである。

2  特許法第一五九条第一項の規定で準用する特許法第五三条第一項における「要旨を変更するもであるとき」なる規定の「要旨」とは同法第四一条の「要旨を変更しないものとみなす」における「要旨」であるから、同条の規定する「願書に最初に添付した明細書及び図面に記載した事項の範囲内」とはこの明細書に前記1に説述した推論、推理、理性の観念を適用して判断することは理の当然であつて、その結果本件補正後の特許請求の範囲が当初明細書に表示した特許請求の範囲を増加、減少、変更しても要旨の変更とはみなされないことは明確である。

したがつて、本件補正を要旨変更に当るとした本件決定は誤りである。

3  当初明細書には、「その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、即ち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値ある効果がある。」(第九頁第四行ないし第八行)と記載されている。この記載は、能動的ないし発展的推論、推理、理性に徴し、当初明細書の内容から本件補正書の記載に必然的に発展する内容を抱持していることは明確である。右吹付けによつて発生するピンホール状孔は右吹付けに係る塗抹資料が鍍金用素材上に各個独立を保つものであり、あるいは連続し、ないし複数重合するものがあつて、そこに鍍金用素材全体として不規則的なピンホール状孔が形成され、これに基因してピンホール状孔全体としては不規則的な燦光を発揮する。右能動的推論等は必然発展としてここまで至ることは勿論であるから、本件決定の判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。本件決定の認定、判断は正当であり、本件決定に原告主張の違法はない。

1  本件補正書記載の二つの発明は、それぞれ「鍍金を浮き出した柄として形成するに際しその柄に所要数のピンホール状孔を人工的に多数設けること」(鍍金方法、第二頁第一八行ないし第三頁第一行)、「この鏡面と上記柄として浮き出させた所求鍍金箇所、即ち、柄とそれに設けたピンホール状孔とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(鍍金体、第三頁第一〇行ないし第一四行)を目的とし、この目的を達成するための手段として、「その鏡面上に柄付け作業をするに際し所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施し」(鍍金方法、第一頁第六行ないし第九行)、「鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた柄を浮き出した」(鍍金体、第二頁第九行ないし第一一行)ことにより、「所求鍍金箇所に鍍金を浮き出し、かつ、所要数のピンホール状孔を含有する柄を形成することが可能」(鍍金方法、第一〇頁第一行ないし第三行)、「ピンホール状孔が存することによりその中に進入した光線はその中の鏡面によつて反射されて光輝を発し、換言すれば、燦光を放ち」(鍍金体、第一〇頁第八行ないし第一一行)という効果がある。

一方当初明細書記載の二つの発明は、本願第一発明は「鍍金を浮き出した柄として形成すること」(第二頁第一二行、第一三行)、本願第二発明は「この鏡面と上記柄として浮き出させた所求鍍金箇所とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(第三頁第二行ないし第四行)を目的とする旨の記載はあるが、前記本件補正書記載の目的に関する記載も、示唆もない。

また、当初明細書記載の目的を達成する手段として、本願第一発明は、「その鏡面上に所求鍍金箇所を残置して柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金箇所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して(中略)鍍金を一重、ないし、数量、上記所求鍍金箇所に柄として浮き出させる」(第一頁第五行ないし第一二行)、本願第二発明について「その鏡面上に所求鍍金箇所を残置してインキ、塗料その他柄付け資料を以て柄付け作業を施し、酸処理作業等をなして上記所求鍍金箇所表面に微弱な粗面を形成し、電気鍍金を施して(中略)鍍金を一重、ないし、数重、上記所求鍍金箇所に柄として浮き出させ」(第一頁第一五行ないし第二頁第二行)との記載はあるが、前記本件補正書記載の発明の手段に関する記載も、示唆もない。

さらに、当初明細書には、本願第一発明は「所求鍍金箇所に鍍金を浮き出した柄として形成することが可能な効果があり」(第八頁第一八行ないし第二〇行)、本願第二発明は「所求鍍金箇所に鍍金を一重、ないし、数重として浮き出させることにより、この浮き出した所求鍍金箇所と上記鏡面とを対照的に配在させた鍍金物品が構成され、その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、すなわち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値ある効果がある。」(第九頁第一行ないし第八行)という効果が記載されているが、前記本件補正書記載の発明の効果に関する記載も、示唆もない。

したがつて、本件補正書は、当初明細書において開示した技術内容を、その目的、構成、効果のいずれの点においても変更するものであつて、しかも、これらの点の変更は、その内容からして当初明細書の記載から自明の範囲内の補正であるとはいえないので、本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものである。

当初明細書に「塗抹資料はインキ、塗料、感光剤、電気不導体液等各種のものがあり、柄付け手段は、手書き、印刷(グラビヤ印刷の如し。)、写真焼付、吹付け、ないし、部分塗装等各種のものを用い得る。」(第四頁末行ないし第五頁第四行)と記載されていることは、原告主張のとおりである。

しかしながら、その直前には、「この柄付け作業は所求鍍金箇所を残置してその余の箇所を塗抹資料を以て塗抹する。その残置された箇所が鍍金によつて被鍍金器物の柄を構成する。」(第四頁第一六行ないし第一九行)と記載されており、この吹付けは、手書き、印刷、写真、焼付、部分塗装等各種の柄付け手段と均等に位置付けられるものであり、所求鍍金箇所を残置してその余の箇所を塗抹資料をもつて塗抹、すなわち塗りつぶすことを内容とするものであるから、残置された箇所、すなわち所求鍍金箇所に塗抹資料を微小塗抹滴として各個独立を保ち、連続し、複数重合した状態で付着させ、その結果として、鍍金によつて形成する被鍍金器物の柄の中に所求のピンホール状孔が多数ないし所要の数得られるようにすることを開示するものでも、示唆するものでもない。

2  特許法第四一条の規定によれば、特許請求の範囲を増加し又は減少し又は変更する補正が認められるのは、あくまでも願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した範囲内におけるものであつて、原告が主張するように右明細書又は図面に記載した事項に、さらに、推論、推理、理性の概念を適用して判断されるものではない。

しかるに、本件補正は、当初明細書の要旨を変更するものであるから、特許法第四一条適用の対象とならないことは明白であり、したがつて、本件補正は、特許法第一五九条第一項の規定で準用する特許法第五三条第一項の規定により却下すべきものとした本件決定に誤りはない。

3  当初明細書に、「その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、即ち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値ある効果がある。」(第九頁第四行ないし第八行)と記載されていることは原告主張のとおりであるが、右記載は、原告主張の本件補正書記載の技術内容、すなわち「吹付けによつて発生するピンホール状孔は右吹付けに係る塗抹資料が鍍金用素材上に各個独立を保つものであり、あるいは連続し、ないし複数重合するものがあつて、そこに鍍金用素材全体として不規則的なピンホール状孔が形成され、これに基因してピンホール状孔全体としては不規則的な燦光を発揮する」を開示し、示唆するものでないことは、1において述べたとおりである。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件補正前及び補正後の特許請求の範囲)及び三(本件決定の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  本件決定の理由の要旨によれば、本件決定は、本件補正後の特許請求の範囲第一項中の「所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施」すこと及びその結果として「その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得ること」との記載、並びに同第二項中の「この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ」ること及びその結果として「鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた」との記載は、当初明細書及び当初図面には、何ら記載されておらず、しかも、右記載からみて自明であるとは認められないから、本件補正がこれらの要旨を変更するものであることを理由に本件補正を却下したことが明らかである。

そこで、本件決定に摘示された補正事項が当初明細書及び当初図面の要旨を変更するものに該当するかについて検討する。

成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本件補正書には、本件補正後の特許請求の範囲記載の発明の目的、構成、作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一)  本件補正後の特許請求の範囲第一項記載の発明は、「鍍金を浮き出した柄として形成するに際しその柄に所要数のピンホール状孔を人工的に多数設けること」(第二頁第一八行ないし第三頁第一行)を目的とし、この目的を達成する手段として、同項記載の構成、すなわち「その鏡面上に柄付け作業をするに際し所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施し(中略)その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得る」(第一頁第六行ないし第一七行)との構成を採用し、この構成により「所求鍍金箇所に鍍金を浮き出し、かつ、所要数のピンホール状孔を含有する柄を形成することが可能」(第一〇頁第一行ないし第三行)という作用効果を奏するものである。

(二)  本件補正後特許請求の範囲第二項記載の発明は、所求鍍金箇所に「柄として浮き出させ、有機溶剤を以て柄付け資料を剥離除去して再び鏡面を表出し、この鏡面と上記柄として浮き出させた所求鍍金箇所、即ち、柄とそれに設けたピンホール状孔とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(第三頁第八行ないし第一四行)を目的とし、この目的を達成するための手段として、同項記載の構成、すなわち、「この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ(中略)鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた柄を浮き出した」(第二頁第六行ないし第一一行)との構成を採用し、この構成により「ピンホール状孔が存することによりその中に進入した光線はその中の鏡面によつて反射されて光輝を発し、換言すれば、燦光を放ち」(第一〇頁第九行ないし第一一行)という作用効果を奏するものである。

一方、成立に争いのない甲第三号証によれば、当初明細書には、本願第一発明は「鍍金を浮き出した柄として形成すること」(第二頁第一二行、第一三行)を目的とし、本件補正前の特許請求の範囲第一項記載の構成を採用し、この構成により「所求鍍金箇所に鍍金を浮き出した柄として形成することが可能」(第八頁第一八行、第一九行)という作用効果を奏するものであり、また、本願第二発明は「この鏡面と上記柄として浮き出させた所求鍍金箇所とを表現する浮き出した柄を形成した鍍金体を得ること」(第三頁第二行ないし第四行)を目的とし、本件補正前の特許請求の範囲第二項記載の構成を採用し、この構成により「所求鍍金箇所に鍍金を一重、ないし、数重として浮き出させることにより、この浮き出した所求鍍金箇所と上記鏡面とを対照的に配在させた鍍金物品が構成され、その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、すなわち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値」(第九頁第一行ないし第八行)があるという作用効果を奏するものであることが記載されているが、本件補正書に記載された前記認定の本件補正後の特許請求の範囲第一項及び第二項記載の発明の目的、構成及び作用効果については、記載も示唆もなく、また、このことはその技術内容からみて、当初明細書及び当初図面の記載から当業者に自明であるとも認められない。

したがって、本件補正後の特許請求の範囲第一項中の「所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施」すこと及びその結果として「その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得ること」との記載、並びに同第二項中の「この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ」ること及びその結果として「鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた」との記載は、当初明細書及び当初図面には、何ら記載されておらず、しかも、右記載からみて自明であるとは認められないから、本件補正はこれらの要旨を変更するものというべきである。

2  この点について、原告は、当初明細書の第四頁末行ないし第五頁第四行の記載を引用し、微小な塗抹資料を吹き付けると、塗抹資料が微小塗抹滴として鏡面仕上げの鍍金用素材に付着するから、柄付け作業終了後有機溶剤をもつて洗浄すると、剥離除去されてそこに浮き出した柄内に所求のピンホール状孔を多数ないし所要の数得るという状態が発生するものであり、当初明細書に記載された吹付け手段によりピンホール状孔が発生することは明らかである旨主張する。

前掲甲第三号証によれば、当初明細書には「塗抹資料はインキ、塗料、感光剤、電気不導体液等各種のものがあり、柄付け手段は、手書き、印刷(グラビヤ印刷の如し。)、写真焼付、吹付け、ないし、部分塗装等各種のものを用い得る。」(第四頁末行ないし第五頁第四行)と記載されていることが認められるが、この記載は、その直前の「この柄付け作業は所求鍍金箇所を残置してその余の箇所を塗抹資料を以て塗抹する。その残置された箇所が鍍金によつて被鍍金器物の柄を構成する。」(第四頁第一六行ないし第一九行)との記載に続くものであり、右記載に照らすと、原告引用箇所における「吹付け」は、所求鍍金箇所を残置してその余の箇所を塗抹資料をもつて塗抹、すなわち塗りつぶすことを意味することが明らかであつて、原告主張のように残置された所求鍍金箇所に塗抹資料を微小塗抹滴として付着させるための吹付けを意味するものではないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、特許法第四一条に規定する「願書に最初に添付した明細書及び図面に記載した事項の範囲内」とはこの明細書に推論、推理、理性の観念を適用して判断することは理の当然であつて、その結果本件補正後の特許請求の範囲が当初明細書に表示した特許請求の範囲を増加、減少、変更しても要旨の変更とはみなされない旨主張する。

特許法第四一条に規定する「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正」であるか否かは、出願当初明細書及び図面の記載に基づき、発明の技術的課題、構成及び作用効果を検討して特許請求の範囲に記載された技術的事項を客観的に把握し、これを補正内容と対比し、認定、判断すべきものであり、本件において、当初明細書及び当初図面と本件補正内容とを対比した結果は、前記認定、判断のとおりであつて、これ以外に推論、推理、理性の観念を適用して要旨変更に当るかどうかを判断すべきものではないから、原告の右主張は採用できない。

さらに、原告は、当初明細書には、「その構成品は彫刻による物品の装飾を以てしては得られない風趣のある好個の物品、即ち、花瓶、喫煙用ライターその他各種の鍍金器物、ないし、同物品たるの価値ある効果がある。」(第九頁第四行ないし第八行)と記載されており、この記載は、能動的ないし発展的推論、推理、理性に徴し、当初明細書の内容から本件補正書の記載に必然的に発展する内容を抱持している旨主張しているが、右記載は、本件補正書に記載された前記1認定の作用効果を記載したものでも、これを示唆するものでもないから、原告の右主張も理由がない。

3  以上のとおりであるから、本件補正後の特許請求の範囲第一項中の「所求鍍金箇所にピンホール状孔の多数を増減所要のものを発生し得る柄付け作業を施」すこと及びその結果として「その鍍金にピンホール状孔を表面から鏡面まで貫通させ、柄に光輝性を保有させ得ること」との記載、並びに同第二項中の「この柄にピンホール状孔の所要数を発生、保有させ」ること及びその結果として「鍍金表面から鏡面までピンホール状孔を貫通させ、柄に光輝性を保有させた」との記載は、当初明細書及び当初図面には、何ら記載されておらず、しかも、右記載からみて自明であるとは認められないとした本件決定の認定、判断は正当であつて、本件補正は当初明細書の要旨を変更するものというべきであるから、本件決定に原告主張の違法は存しない。

三  よつて、本件決定の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

〈以下省略〉

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